フリーライターの森岡葉のブログです。 大好きな音楽のこと、日々の出会い、楽しかったこと、美味しかったもののことなどを書いていきたいと思います。



   
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プロフィール

jasminium

Author:jasminium
1956年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1975年~76年北京語言学院・北京大学歴史系に留学。音楽ジャーナリスト。2009年第53回ブゾーニ国際ピアノコンクールにプレス審査員として招かれたほか、ハエン国際ピアノコンクール、シドニー国際ピアノコンクール、中国国際ピアノコンクールなどにジャーナリストとして招かれている。著書:『望郷のマズルカ~激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン』(ショパン)、『知っているようで知らないエレクトーンおもしろ雑学事典』(共著)(ヤマハミュージックメディア)、訳書:『ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストたちとの対話』(焦元溥著 アルファベータブックス)、『音符ではなく、音楽を! 現代の世界的ピアニストたちとの対話 第2巻』(焦元溥著 アルファベータブックス)

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ピエール・ロラン・エマール

   
 昨日は、お世話になったクライアントのNさんが大阪に転勤になるとのことで、銀座でS社主催の送別ランチ。「分 左近太郎」という和食のお店で。http://www.sakontaro.co.jp/wake/access.html
 落ち着いた個室で、ゆっくりおしゃべりしながら、次々に運ばれる美味しいお料理をいただきました。写真は撮っていませんが、見た目にも美しい和風創作料理の数々を堪能しました
 帰りに、編集者のYさん、ライターのMさんとお茶をしながら、さらにおしゃべり。そうやって時間をつぶして、夜は王子ホールで、昨年暮れにインタビューさせていただいた仁田原裕さんのリサイタルを聴きました。若者らしい真っ直ぐで爽やかな音楽、楽しませてもらいました

 今日はtwitter で、アリアCDのミヒンさんがピエール・ロラン・エマールの新譜を紹介されていたので、そういえば昨年の秋に、この録音についてインタビューさせていただいなぁと思い出し、自分が書いた記事(『ショパン』4月号に掲載)やテープ起こしを読み直して、あらためてエマールさんが、現代のピアノ音楽の世界で独自の道を開拓してきたのだなぁと感じ、記事には書ききれなかった部分をブログでご紹介したいなと思います。
 『ショパン』4月号の記事は、それなりにベストを尽くしてエマールさんのピアニストとしての魅力、今回の新譜について書いていますので、ご興味のある方には是非読んでいただきたいと思います。

 ミヒンさんが、今回の新譜について紹介しているブログはこちら。http://mihin.mie1.net/e236554.html

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〈今回のアルバムについて〉

 どのアルバムも、その時点で出来る限り最高のプロジェクトにしたいと考えて作ってきました。私は何かをやるときには、その時点で最も可能な、最もよい、ベストのプロジェクトにしたいと常に考えています。そして、それは私自身の音楽の内的な世界と私の今の活動、そして聴衆の皆さんの納得のいくものでなければいけません。さらに、私がずっとレコーディングしてきた流れの中において、たとえば声楽家とずっとレコーディングしてきた、メシアンへのオマージュ、バッハのフーガの技法をやってきた、そういう流れの中で唐突ではなく一貫性のあるものであることを考慮し、今回私が敬意を表してやまない2人のパートナーを迎えることができました。つまり、フランスものの演奏に関して定評のあるクリーブランド交響楽団、そして長年多くの共演を果たし、そして私が尊敬してやまない、素晴らしい解釈の第一人者であるところのブーレーズと共演できるということで、このラヴェルの作品を選びました。

〈今お話に出たバッハの『フーガの技法』ですが、何年か前にバッハのこの作品を敢えて取り上げられたことに大変驚いたのですが〉

 バッハの鍵盤楽器のための作品は、私たちの芸術の歴史における宝物だと思います。『フーガの技法』という作品は、鍵盤楽器の音楽の中というのに限らず、芸術の世界そのものの中で宝物のような存在の作品だと私は思っています。しかし、同時に非常に難しい作品です。どうしてかというと、その豊かさゆえに、複雑さゆえに、そしてさらにはかなり昔に書かれた作品、つまり今とは遠く離れた作品だという意味で。それだけに、私はいつか準備ができたら是非これは弾きたい、それだけの価値のある宝物だけに是非取り組みたいと、何年も思っていました。そして、実際にそれを実現させるまでに何年も要しました。『フーガと技法』というのは、まさにヒューマン・スピリットが到達したひとつの頂点だ思っています。それだけにこれを今の時代に甦らせることは、多くの謎を解かなければならない。非常に神秘的な謎がそこにある。その謎をひとつひとつ解くのに何年もかかりました。何年もかけて答えを求め続け、ある日やっと到達したわけです。ですから、もっともっと多くの人たちが聴けば聴くほど、そこに新たなものを見出し、若い人たちも聴けば聴くほど、弾けば弾くほど新たなものを見出すことができるでしょう。これは、大きな挑戦でした。

〈現代音楽への興味〉

 私の最初の先生が、いろいろな方向性に興味を持っている人だったのです。演劇から新しい音楽、ワールド・ミュージックに至るまで、私に教育を与える上で境界線というものを一切設けず、非常に多岐にわたる音楽を教えてくれました。早いうちにシュトックハウゼンとかブーレーズの音楽を聴いたり、インドの音楽もやりました。最初のシェーベルクは7歳で、最初のメシアンは12歳。本当にごく自然に、これが現代音楽だとかいうのではなく、自然に音楽として触れていました。
 リヨン、私の生まれたところは、本当にさまざまな新しい音楽が盛んに演奏されていました。とくに私が育った60年代というのは、ちょうどアヴァンギャルドの黄金時代、全盛期でしたから、そういう意味では、アヴァンギャルドのものが活発に行なわれている時期と場所で育ったということです。さらに、父親とか身内にクラシック音楽が好きな人が多かったので、オペラやコンサートによく連れて行ってもらいました。作曲家で言うとモーツァルト、ワーグナー、そしてヴェルディ…、演奏家で言うとルービンシュタイン、オイストラフ、リヒテル、現代ものでは、コンタルスキー兄弟がシュトックハウゼンを演奏したり、3つのブーレーズのソナタをクロード・エルフェが演奏したり…、さらに演劇部門ではポーランド系のアヴァンギャルドの演劇集団の舞台を見たり、恵まれた環境で育ったと言えるかもしれませんね。
 
〈エマールさんのユニークな活動の源がわかったような気がします。16歳という若い年齢でメシアン・コンクールで優勝され、19歳でブーレーズの楽団に入って現代音楽を中心にやってこられたわけですが、近年は古典やロマン派の作品を現代音楽と組み合わせた素晴らしいプログラムを聴かせてくださっています。それは、やはりお小さい頃からの経験から生まれたものなのでしょうか〉

 私のそうした組み合わせのプログラムというものは、かなり早い時期からそういうものをやりたいとすごく興味があって、それから、私にとっての、私の音楽の内省的な世界というか、それは本当に最初からロマン派や古典派が現代音楽と自然に共存していた世界だったのです。文化の世界で何が大事かということを考えたときに、前に向かってどんどん進歩し続ける、閉鎖的でなくオープンであること、前進し続け、好奇心を持ち続け、さらには冒険心を持ってそれを恐れないこと、それがとても大事だと思うんですね。もし同じところに、同じ世界だけに留まっていたら、あたかも囚人のようなものになってしまうと思うのです。

〈聴いている私たちの方も、古典やロマン派を現代音楽と組み合わせた演奏で聴くことによって、古典やロマン派が非常に新しく、ベートーヴェンがアヴァンギャルドに聴こえます〉

 ベートーヴェンについて言うなら、彼は偉大なアヴァンギャルドの作曲家だったのです。彼はその時代の人々をいつも驚かせた典型のような人ですから。アヴァンギャルドの大家と言っていいんだと思うんですけれど、もうひとつプログラムという意味で言ったときに、その作品の地平線の広さみたいなものを見ていただくという意味では、違うものを対比させることによって互いの作品の逆に凄さが見えてくるということはあると思います。展覧会で絵を展示するときに、ただ考えもなしに並べるのではなくて、互いに作用し合うような、つまり和食でここにあるものとこっちにあるものとこっちにあるもの、全部違うんだけれど、間にある空間、色合いとか味とか、そういうもので互いに引き立て合うようなところがありますよね。そういうことが、音楽のプログラムでもあると思います。

〈そういうものにいつも挑戦されたり、現代曲も私たちにとってはちょっと楽譜を見るのも、弾くのも大変という感じがするものにいつもいつも…、新しい楽譜を読んで、新しいことを勉強されるというのは、すごく大変じゃないかなと思うのですが〉

 全部そんなに難しい曲ばかり弾いているわけではないですよ。今回のリサイタルでは、愛らしい『ベルガマスク組曲』も弾いているし、大阪ではショパンのスケルツォを弾いています。グラーツの音楽祭では、モーツァルトのコンチェルト全曲を弾き振りでやっていますが、これは決して簡単ではないですけれど、心を豊かにしてくれますね。疲労困憊する、疲れ切ってしまうようなものでもないです。ただ私としては、音楽家の大事な役割は、聴衆を導く、つまり芸術の、文化の最も高いところ、ハイライト、最高峰のところを人々に見ていただけるような、聴いていただけるような方向に持っていく、つまり教育者、エデュケーター的な要素も音楽家にはあると思うんです。そしてまた、メインストリーム、主流にあるもの、受けるもの、売れるものだけをやるタイプの人間ではないものですから。そういう意味では、エンタテイナーだけで満足するような人間で、そして簡単な道を行きたがるのであれば、ポップスか何かを選んでいたかもしれないんですが、そういう才能はなかったかもしれないですけれどね。
 今の時代というのは、量の方が質に勝ってしまう時代だと思います。情報社会のようなメディアの中においては、より多くの人にいっぱい見られている人が有名人みたいな、そういう時代にどうしてもなっています。そしてまた、多くの人に見られるような人を人々が求めているような時代になっている。しかし、私はそういうタイプではなくて、やはりどういうふうに、どういう人たちに、私の納得のいくメッセージを伝えていくか。つまり、量もある程度、1回にそれを受け入れる量にどうしても限界があるので、大量の人に受け入れられるのではなくて…。そういったところで、もちろん私はショパン、チャイコフスキー、ラフマニノフだけを弾いていれば、もっとチケットやCDは売りやすいだろうし、やりやすいかもしれないけれど、そうすると私が本当に伝えたい真実やメッセージは伝わらない。曲げられてしまう。私が伝えたいことについて来てくださる方たちがいれば、そのついて来てくださる方たちと分かち合えるもの、本当の中身というのは充分にあるし、分かち合いたいと思っているんです。

〈21世紀に入って早くも10年が過ぎるわけですけれども、これからのクラシック音楽、21世紀のピアノ音楽というのは、どういう方向に向かって行くとお考えでしょうか〉

 クリエイティビティ、創造性の分野においての将来を予言するのは非常に難しいです。私はコメンテーターではないので。ただキーとなるのは、過去を見てみると、ベートーヴェンが画期的な進歩を鍵盤楽器にもたらしました。そして、その後の1810年の世代、つまりショパン、リストの世代が新しい楽器としてのピアノの奏法を確立しました。その次に続いて来る世代として20世紀のバルトークやドビュッシーといった人たちが、ピアノの音の世界に革新的な影響を及ぼしました。そこで終わるかと思ったら、今度はブーレーズ、シュトックハウゼンが現れて、ピアノという楽器の新たな存在性を考えさせました。そして、1980年代に入って来るとリゲティという人が、楽器は既存の楽器でありながらも、人間のイマジネーションが、いかにその楽器を新たなものに生まれ変わらせることができるかということを提示して見せました。そういう過去の流れを見ていると、人間のイマジネーション、想像力と、クリエイティビティ、創造力、この2つで何ができるかということが、常に人間に問いかけられているのだと思います。過去からつながって、常にそこに新たなものが生まれるということを、私は疑ってはいません。
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