フリーライターの森岡葉のブログです。 大好きな音楽のこと、日々の出会い、楽しかったこと、美味しかったもののことなどを書いていきたいと思います。



   
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jasminium

Author:jasminium
1956年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1975年~76年北京語言学院・北京大学歴史系に留学。音楽ジャーナリスト。2009年第53回ブゾーニ国際ピアノコンクールにプレス審査員として招かれたほか、ハエン国際ピアノコンクール、シドニー国際ピアノコンクール、中国国際ピアノコンクールなどにジャーナリストとして招かれている。著書:『望郷のマズルカ~激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン』(ショパン)、『知っているようで知らないエレクトーンおもしろ雑学事典』(共著)(ヤマハミュージックメディア)、訳書:『ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストたちとの対話』(焦元溥著 アルファベータブックス)、『音符ではなく、音楽を! 現代の世界的ピアニストたちとの対話 第2巻』(焦元溥著 アルファベータブックス)

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フー・ツォン、81歳の誕生日おめでとうございます!

   
 東京大空襲から70年、東日本大地震から4年、絶対に忘れてはいけないと思いながら、重苦しい気持ちで書いています。

 しかし、東京大空襲って、非戦闘員の民間人が10万人も亡くなったのですね。これって戦争犯罪じゃないのかなぁと思うのですが、敗戦国は何も言えないのでしょうか。いちおう政治学科卒の私ですが、政治的な発言は避けるようにしています。頭が悪いので、よくわからないことばかりなのです。広島、長崎の原爆被害も酷いですが、東京、名古屋、大阪、神戸などの空襲で20万人以上亡くなった? どう考えたらいいのでしょう?

 東日本大震災についても、ちょうど1年後に釜石の音楽教室を取材して大きなショックを受けました。何をどう書いても薄っぺらな表現になるだけ、とにかくある音楽雑誌に記事を書きましたが、雪原を電車で走ってやっとたどり着いた釜石の風景は衝撃的でした。

 そんなことを考えながら、3月10日はフー・ツォンの81回目の誕生日だったので、久々にブログを更新します。

 昨年11月、80歳を記念したリサイタルを上海で聴き、指はもう動かないけれど、その音楽には深く感動しました。



 どなたか知りませんが、you tube にアップしてくださってありがとうございます

 さて、「ピアニストが語る!」の第2弾も、やっと校正作業に入り、もうすぐ皆様に読んでいただけると思います。第3弾には、ダン・タイ・ソン、フー・ツォン、クン=ウー・パイクなどのアジアのピアニスト、ピエール=ロラン・エマールなどのフランスのピアニスト、バイロン・ジャニス、レオン・フライシャーなどのアメリカのピアニストのインタビューを収録したいと思っています。1冊目、2冊目が売れないと厳しいのですが、とにかく頑張ります

 焦元溥さんの《遊藝黒白》、どのインタビューも実におもしろく、翻訳しながら勉強させていただいているのですが、フー・ツォンのインタビューを翻訳してみて、彼の評伝を書いた私にもこの内容は引き出せなかったと感服したので、マエストロの誕生日に、少しだけご紹介しますね。

 かなりのロング・インタビューなので、ごく一部です。




◇あなたはピアノを演奏する際、和声を意識することが大切だとお考えのようですが、それについて詳しくお話しいただけますか? 旋律を重視して演奏するピアニストが多いように思うのですが……。

 その通りです。作曲家たちは多くの場合、旋律を高音部に配しているので、それを聴く人たちは和声よりも旋律を聴きます。私が和声を重視するのは、そこから作曲家の思考を読み解くことができるからです。旋律は和声の基礎の上に生まれます。作品の鍵を握る和声は往々にして右手の主旋律ではなく、左手の中低音部に現れていることが多いのです。作品の真の精神を表現しようと思うなら、旋律と和声の関係を把握すべきです。とくに作曲家の調性の扱い方を探求すると、彼らが何を考えていたかがわかります。
 モーツァルト《ピアノ・ソナタ第十四番ハ短調》(K.457)の第一楽章を例にとってみましょう。モーツァルトは旋律の発展とともに自由に調と和声を変化させていますが、ハ短調に戻ると、自身の考えや心理を誠実に語っています。ハ短調というのは悲劇的な調で、強烈な宿命のようなものを感じさせます。調性や和声の変化の繰り返しを正しくとらえられれば、それぞれのフレーズの個性を表現できるでしょう。
 旋律は和声から生まれて発展します。旋律と和声を分けて考えることはできません。ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第三十二番》の第二楽章は、楽譜だけを見るとリズムの変化に目を奪われがちですが、演奏者が和声の変化を意識して旋律を奏でれば、すべての疑問が自然に解けていきます。旋律を表現することや楽譜通りに拍を数えることばかりを考えていると、音楽の妙味は失われます。
装飾音の演奏も、和声と深く関係しています。旋律を重視して装飾音を入れるか、和声を重視して装飾音を入れるかで、拍のどこに入れるかが決まります。これは、演奏する際に絶対に注意しなければならないことです。
 ピアニストは和声の指示に従って旋律のフレージングを考えるべきで、ひとつの和声はひとつの旋律のフレーズの歌唱に呼応しています。それこそが、音楽の意味だと思います。たとえば、ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第四番》の第三楽章はト長調、ホ短調、ハ長調で書かれ、ハ長調を中心とした調性で構成されています。ショパン《ピアノ協奏曲第二番》の第四楽章も、第三楽章の結尾部から生まれ、さらに和声が豊かに広がっていきます。
 多くの人々は旋律ばかりを聴きがちですが、和声の中にこそ作曲家の深い意図が隠されているのです。

◇フレージングは、作曲家が楽譜に書き込んだ指示からだけで判断してはいけないということですか? 多くのピアニストは、「楽譜に忠実」であるために、楽譜上のスラーや強弱の指示通りに表現していますが……。

 トスカニーニの例を話しましょう。彼がオーケストラとリハーサルをしていたときのことです。楽譜に「フォルテ」と書かれている箇所を、弱音で演奏するよう指示しました。何度リハーサルをしても、団員は間違え、トスカニーニはとうとう怒りました。団員も納得できずに反論しました。「楽譜にはっきりとフォルテと書いてあるではありませんか!」と。「大馬鹿者!」とトスカニーニは叫び、「この世には何千種類ものフォルテがあるんだ!」と言いました。
 その通りです。強拍のフォルテ、弱拍のフォルテ、高音のフォルテ、憂愁を感じさせるフォルテ、さまざまな状況、情感の表現によってフォルテの意味は変わりますよね? 作曲家は演奏者を戸惑わせているわけではありません。ピアニストが作品を詳細に研究し、作曲家が書いた音符や指示の行間の意味を汲み取り、作品の構造、調性、情感などをよく考えれば、ごく自然に作品の中に入って正しい解釈ができるはずです。それこそが音楽に誠実な演奏家です。たとえばアラウ、彼の演奏は絶対に「間違う」ことはありませんでした。彼の音楽に対する姿勢は一貫して厳格で、その解釈や視点もほかの人とは違いました。彼の思考は作品それ自体から出発し、技巧をひけらかしたり、奇をてらう表現とはまったく無縁でした。




いかがですか? 私はとても感銘を受けました。そのほか少しご紹介して、マエストロの誕生日を祝いたいと思います。




◇あなたのように厳格に作曲家の意図を探求する芸術家にとって、さまざまな楽譜の版にもご意見があるでしょうね。エキエル氏のショパン作品のナショナル・エディションについて、どのようにお考えでしょうか?

 正真正銘の聖典だと思います。エキエルは厳格で真面目な研究者で、ショパン作品を深く探究しました。この校訂版のために、彼はショパンが弟子たちのために楽譜に書き込んだ注釈や記号を詳細に研究しています。手稿、違う版、あらゆる指導の手跡(teaching copies)を辿って、すべてを明らかにしています。これは本当に容易なことではありません。

◇しかし、それが論議のもとにもなっています。ショパンの指導の手跡の指示はそれぞれ違っていて、強弱や装飾音の指示も違い、互いに衝突していることもあります。それはショパンの演奏が即興的だったからだと思う人が多いようですが、史実をよく読むと、ショパンは彼の楽譜上の指示を軽視して「勝手に」彼の音楽を演奏することを嫌っていたようです。エキエル氏はどのように取捨選択して偉大なエディションを編纂したのでしょう?

 それがまさにエキエルが傑出しているところです。たしかに互いに衝突している版もあります。ですから、編纂者は真にショパンを理解しているだけでなく、優れた審美眼を持っていなければなりません。
 なぜこれほど違う指導の手跡が残っているのでしょうか? 理由は簡単です。ある日来た生徒の指が弱ければ、ショパンは大切なフレーズをもっと強く弾きなさいと言ったでしょう。翌日来た生徒が強音だけで暴力的に弾いたら、もっと弱く優しく弾きなさいと言ったでしょう。ある生徒が速く弾き過ぎたら、もっとゆっくりと言ったでしょうし、その逆の場合もあるわけです。そのような手跡は、ショパンが生徒たちの個性に合わせて書き込んだ指示で、「その生徒がどのように演奏するべきか」であって、「その作品のこのように解釈するべき」という意味ではありません。エキエルは細心の注意をはらってショパンの本来の意図を探り、相反する手跡の中から正確な指示を抽出してすばらしい校訂版をつくり上げたのです。
 もうひとつショパンの指示を考えるとき、あらゆる版で終始一貫して「拍の上に(on the beat)」と指示していることを忘れてはいけません! どの版でも、ショパンは生徒のために右手の旋律と左手の拍の関係をはっきりと書き示しています。これはショパンがきわめて「古典的」な演奏家であったことを証明するものです。彼はバッハの息子、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの古典的な演奏の伝統を継承しています。それはショパンの音楽のもっとも基本的な要素なのに、残念なことに今では忘れられていることが多いですね。

◇ショパンがバッハとモーツァルトを崇拝し、古典の精神を深く持っていたことは誰もが知っていますが、それを音楽でどのように表現したらよいかわからないのではないでしょうか?

 あなたはランドフスカが演奏したモーツァルトの《ピアノ協奏曲第二十六番「戴冠式」》を聴いたことがありますか? 第一楽章の天国のように美しく味わい深いフレーズ、自由闊達な装飾音、歌劇《ドン・ジョバンニ》を思い起こさせる神業のような演奏は、まさに絶品です。私はこれをこの作品の最高の演奏だと思うだけでなく、もっとも優れたモーツァルトの演奏だと言っても過言ではないと思っています。
 私がポーランドで学んでいたころ、ある友人がランドフスカはモーツァルトとバッハの演奏家になる前はショパン弾きだったと教えてくれました。これは不思議でしょうか? 少しも不思議ではありません。だからこそ、彼女のモーツァルトがすばらしいのです! 最近のショパンの演奏は度が過ぎています。モーツァルトの演奏も杓子定規で味わいがなく、まったく聴くに堪えません。

◇演奏家は「テンポ・ルバート」をどのように使うべきなのでしょうか? リストは「テンポ・ルバート」を、樹木の枝や葉が風に揺れるように表現しなさい、樹木の幹はしっかりと大地に根を張っていなければならないと言ったようですが、どんなときに風に揺れ、どんなときにしっかりと根を張っているべきなのでしょうか?

 演奏者が作品の本質に触れて答えを導き出すしかありません。ショパン《ピアノ協奏曲第一番》の第二楽章を例にとってみましょう。テンポ・ルバートを多用し、ロマンティックに弾くピアニストが多いですよね。しかし、この楽章の楽譜をよく見ると、右手と左手が呼応しながらあらゆる和声が出現していることに気づくはずです。そのような箇所では、絶対に拍を正確に刻んで演奏するべきです。この楽章を単純に主題と伴奏と考えるのは誤りで、対位法的に書かれているそれぞれの声部を描き出さなければ、ショパンの本来の意図を表現することはできません。ピアニストは作品の成り立ちを徹底的に調べ、楽譜を深く研究してから、どのように弾くべきかを考えなければなりません。




◇あなたは作曲家同士が相互に影響し合ったことも重視していますね。

 もちろんです。多くの作品の内容が、ほかの作品に影響されていることに気づくからです。たとえば、ショパンの《幻想曲》は独自の風格を持った作品だと誰もが思うでしょう。私もショパンがなぜこの作品を書いたのか不思議で仕方がありませんでした。しかし、ある演奏会でベルリオーズの《葬送と勝利の大交響曲》を聴いているとき、この曲とショパンの《幻想曲》の類似点に気づいたのです。家に帰って資料を調べてみると、果たしてショパンは《幻想曲》を書く少し前に、この作品のリハーサルを聴いていたのです。それは、ショパンが最後に出かけた演奏会でした。私はショパンの《幻想曲》とベルリオーズの《葬送と勝利の大交響曲》の間に関係があると思っています。

◇あなたのヒーロー、ベルリオーズの話が出ましたね! ベルリオーズについてお話しいただけませんか? 彼は稀に見る天才作曲家だったにもかかわらず、その独創的な作風は今日に至るまで真に理解されているとは言い難いと思います。

 ベルリオーズは偉大な作曲家です! 彼の音楽は大きく豊かな構想によって組み立てられ、旋律の緩急は天に昇り地を潤すような絶妙なバランスを保ち、その魂は宇宙の玄義に通じているように感じられます。
 ゲーテ『ファウスト』のマルグリートは、リストの《ピアノ・ソナタロ短調》でも感動的に描かれていますが(第三三一小節/譜例三)、ベルリオーズの《ファウストの劫罰》の中でマルグリートが歌う《ロマンス》は、この世のものとは思えない美しさを湛えています。(譜例四)
 それは、王国維が『人間詞話』の中で論じている北宋の徽宗と南唐の李煜(李後主)の詞の違いに通じるような気がします。徽宗も李煜も亡国の君主ですが、徽宗が自身の運命を嘆いているのに対し、李煜の詞には人類全体の罪を背負っているような悲哀を感じられ、彼らの境地には隔たりがあります。(注2)私はリストをけなしているわけではありません。「音楽家」としても「人間」としても、リストは偉大で尊敬すべき人物です。しかし、芸術的な観点から見ると、ベルリオーズは時代を超越した非凡な見識を持っていただけでなく、誰にも及びもつかないような天賦の才能と感受性を持ち、天と地、過去と未来、すべてを包括する独自の音楽世界を繰り広げています。それは言葉では言い表せない芸術の最高の境地です。

◇あなたの好きな作曲家、モーツァルト、ショパン、シューベルト、ドビュッシーなどの作品には、天国にいるような感覚がありますね。

 その通りです。とくにベルリオーズの作品には強烈な独創性があり、それぞれの作品がすべて違い、けっして重複することはありません。彼がオペラ《トロイアの人々》の中で描いた女預言者カッサンドラは、まるで彼自身のようです。当時の人々は彼の構想を狂っていると思いましたが、彼に先見の明があったことは歴史が証明しています。

◇ベルリオーズには古典的な面があるように思います。歌曲集《夏の夜》はバランスがとれた優美な作品ですし、彼のオペラの創作理念はグルックを基礎にしています。

 もちろんです。優れた作曲家はみな古典派とロマン派の両面を持っています。ベルリオーズはグルックのオペラ改革の理念を尊敬し、純粋に音楽とドラマを追求していました。この点で、ベルリオーズは絶対に正しかったと言えるでしょう。

◇あなたはベルリオーズの研究者として知られる指揮者のコリン・デイヴィスと親しいそうですね。

 はい。一九六九年、ロンドンで彼が指揮した《トロイアの人々》全幕は、私がもっとも感動した音楽経験でした。聴き終わった瞬間、私は心を揺り動かされてすぐに動けず、座ったまま涙があふれるのを止めることができませんでした。家に帰っても私の心の中はベルリオーズの音楽でいっぱいで、興奮はなかなか冷めず、数日後、国外に演奏旅行に出かけたのですが、やはりどうしても忘れることができなかったので、飛行機の中でコリン・デイヴィスに宛てて手紙を書き、感想を伝えました。書き終わってみたら、便箋が四十数枚にもなっていました! コリン・デイヴィスがこれを受け取ったら、さぞかし驚くだろうと思いましたよ。
 四カ月余りが過ぎて、彼からの返事を受け取りました。彼の筆跡は彼の音楽に似て、実に端正で生命力にあふれていました。

◇古典派からロマン派への架け橋となったベートーヴェンについて、どのようにお考えですか?

 ベートーヴェンを理解するもっともよい方法は、彼のオペラ《フィデリオ》を研究することです。彼はこのオペラを書くためにもがき苦しみ、奮闘し、努力し続けました。ベートーヴェンにとってこの作品は、ただのオペラではなく、人文主義精神と人生哲学の縮図であり、最終的に彼が求めたのは人類の解放でした。そのような精神は、ヘンデルの影響が大きいと思います。
 ベートーヴェンの時代、ハイドン、モーツァルト、グルックなどの作曲家が活躍していましたが、忘れてはならないのはヘンデルの存在です。ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第四番》第三楽章の結尾部の歓喜が湧き起こるような音楽とリズムは、まさにヘンデルの《メサイア》に相通じるものです。同じような結尾部が、ベートーヴェンの作品にはよく現れます。
 中年の頃のベートーヴェンは、人間の力は必ず大自然に打ち勝つことができると信じていました。しかし、晩年になって彼は「屈服」しました。ベートーヴェンの作品を鑑賞する度に、彼は私のもっとも好きな作曲家ではないなと感じます。彼の音楽には、あまりにも「主義」が多過ぎます。この点に関して、グールドの観察は鋭いと思います。彼は《ピアノ協奏曲「皇帝」》の第一楽章の第二主題を例にとって、この音楽のどこがよいのだろう? と問い、ほかの誰かがこのように書いてもよい音楽にはならないが、ベートーヴェンだからすばらしいのだと言っています。
 ベートーヴェンは、彼が音楽で語るすべての言葉に意味があると信じていました。そのような精神と気迫には驚嘆せざるをえず、作曲家の強い意志に貫かれた音楽は、ほかの作曲家とは一線を画しています。もしも、音楽家がベートーヴェンの精神、彼の理想主義を表現できるのなら……、フルトヴェングラーとフィッシヤーの《皇帝》のように……、それは真に輝かしく偉大な演奏になると思います。

◇あなたは中国とヨーロッパの文化に深く精通するきわめて稀な芸術家ですが、これまでの人生を振り返って、あなたにもっとも大きな影響を与えた人物や出来事についてお話しいただけますか?

 私がもっとも尊敬する演奏芸術家はフルトヴェングラーです。彼の音楽は奥深く、大きく豊かで、宇宙や自然に通じています。彼の演奏のもっとも偉大なところは、常に和声に基づいてフレーズを発展させていることです。音楽は天馬が空を行くように自由奔放なのに、演奏自体は重厚で含蓄に富み、彼にしかない音楽の魔力を感じさせます。彼の演奏は毎回違いますが、本質がぶれることはなく、完璧な思考と論理に導かれながら、その音楽には神秘的なインスピレーションが満ちています。
 ルプーとアルゲリッチは、私のもっとも親しい友人です。これほど長い年月にわたって友情を育んできたことは、すばらしいと思います。以前、バレンボイムと毎日のように会って、モーツァルトの協奏曲について語り合ったことがありました。お互いに啓発し合う刺激的な日々でした。カルロス・クライバーの魔法のような指揮と音楽も絶対に忘れることができません。彼らはみな、私に大きな影響を与えていますね。

◇とくにお好きなピアノ演奏についてお話しいただけますか?

 長年にわたって私の心の中に生き続け、永遠に魅力を失わない演奏は、ベンジャミン・ブリテンの伴奏によるピーター・ピアーズのシューベルト《美しき水車小屋の娘》と《冬の旅》です。

◇それはなぜですか?

 彼がピアニストとしてではなく、作曲家として演奏しているからです! 彼のようにシューベルトを演奏する人は誰もいません。それはまさにひとりの大作曲家によるもうひとりの大作曲家の作品の演奏にほかなりません。ブリテンはシューベルトの歌曲のひとつひとつの和声のつながりや変化を的確にとらえ、旋律と和声の関係を明確に描き出しています。彼のシューベルトの演奏は、まるでひとりの声の合唱団のようで、生き生きとしたリズムに乗って絶え間なく旋律を歌い、音楽に言葉を語らせています。私は彼の演奏に心から感服しています。あの精妙な響きは永遠に私の耳の中に残っています。




 ごく一部をご紹介しましたが、翻訳しながら私のフー・ツォン観がちょっと変わりました。全文をぜひ皆さんに読んでいただきたいです。インタビューの中に出てきたランドフスカやブリテンの音盤、何度も繰り返し聴いています。
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