フリーライターの森岡葉のブログです。 大好きな音楽のこと、日々の出会い、楽しかったこと、美味しかったもののことなどを書いていきたいと思います。



   
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プロフィール

jasminium

Author:jasminium
1956年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1975年~76年北京語言学院・北京大学歴史系に留学。音楽ジャーナリスト。2009年第53回ブゾーニ国際ピアノコンクールにプレス審査員として招かれたほか、ハエン国際ピアノコンクール、シドニー国際ピアノコンクール、中国国際ピアノコンクールなどにジャーナリストとして招かれている。著書:『望郷のマズルカ~激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン』(ショパン)、『知っているようで知らないエレクトーンおもしろ雑学事典』(共著)(ヤマハミュージックメディア)、訳書:『ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストたちとの対話』(焦元溥著 アルファベータブックス)、『音符ではなく、音楽を! 現代の世界的ピアニストたちとの対話 第2巻』(焦元溥著 アルファベータブックス)

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ご無沙汰いたしました! ~「鋼琴芸術」ポゴレリチ~

   
 ブログはすっかりサボってFacebookなどのSNSからだけの発信だったのですが、やはりブログも書かなければ! と心を入れ替えて、少し頑張ってみます(3日坊主にならないといいけれど……)。

 さて、このブログでご紹介していた台湾の音楽ジャーナリスト・評論家の焦元溥さんの『遊藝黒白』の翻訳、第2集を4月にリリースすることができました。

http://www.amazon.co.jp/ピアニストが語る-音符ではなく、音楽を-現代の世界的ピアニストたちとの対話-Chiao-Yuan‐Pu/dp/4865980008/ref=pd_sim_b_1?ie=UTF8&refRID=1C988NZ28NJCR4FJC386


 ツィメルマンのインタビューを中心に、アシュケナージ、キーシンなどのロシアのピアニスト、ルヴィエ、ペロフなどのフランスのピアニストのインタビューを収録しました。多くの方に読んでいただきたいと思います

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 ライター仕事の〆切に追われたり、4月はショパン国際ピアノコンクールの予備予選を聴きにワルシャワに出かけたり、あいかわらずバタバタしていて中国の音楽雑誌に目を通す余裕がなかったのですが、5月の初旬上海に出かけて、久しぶりにピアノ専門誌『鋼琴芸術』のバックナンバーを購入し、朱雅芬(Zhu Yafen)先生の訳・編でポゴレリチのインタビューが掲載されていたので、翻訳してみました。おそらく原文は英語だと思います。出典はよくわからないのですが、1980年のショパン国際ピアノコンクールからそれほど時間は過ぎていないのでは? という内容です。もしかすると、いくつかのインタビューを抜粋して構成したのかもしれません。いずれにしても、興味深い内容です。

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マエストロ、ピアノ演奏を語る Great Pianists on Piano Playing(第48回)
             訳・編 朱雅芬(Zhu Yafen)

イーヴォ・ポゴレリチ(Ivo Pogorelich)

 1958年10月20日、旧ユーゴスラヴィアのベオグラードで生まれる。11歳でモスクワ音楽院附属中央音楽学校に留学し、エフゲニー・マリーニン(Yevgeny Malinin)に師事。1978年、イタリアのカサグランデ国際ピアノコンクール第1位、1980年、モントリオール国際ピアノコンクール第1位。同年、ショパン国際ピアノコンクールでファイナルに残れなかったことに審査員が抗議したことで注目を集めた。1981年5月、カーネギーホールでのデビューリサイタルがセンセーションを巻き起こし、それ以後、世界各地で演奏活動を繰り広げ、活躍している。
 彼の音楽に大きな影響を与えたのは、非凡な能力と見識を持った教師、アリス・ケゼラーゼ(Alice Kezeradze)。ポゴレリチは、彼女を生涯の伴侶とする。
 きわめてユニークで、ときにグロテスクな演奏は、しばしば人々を驚愕させるが、ある種の説得力があることはたしかだ。音楽をデフォルメし、他者と一線を画することを意識した彼の演奏は、常にまったく異なる反響を呼ぶことになる——すなわち「愛」と「憎しみ」だ。

◇    ◇    ◇    ◇

 私はいつからピアノが自分にとって大切なものだと意識したのか覚えていません。しかし、かなり早い頃から、自分自身の中にあるものを何かの形で表現したいという欲求を持っていたことはたしかです。私はおそらく芸術家になるだろうと思っていました。

 子どもの頃の生活は、なかなか大変でした。ピアノを練習しなくてはならないことはわかっていましたが、ほかの子どもたちが放課後楽しく遊んでいるのをうらやましく眺めたものです。ピアニストを目指す子どもにとって、今の練習が将来大きな収穫をもたらすということを理解するのは難しいものです。

 私が最初に好きになったのはプロコフィエフの音楽です。私は20世紀でもっとも価値のある創作をしたのは彼だと思っています。しかし、多くのピアニストが彼の作品を演奏するとき、その意味することが理解できないため、彼の音楽が誤解されるのではないかと心配しています。多くのピアニストたちは、表面的な効果と打楽器的なきらびやかさを求めて満足しています。たとえば、コンクールでは《ピアノソナタ第7番》など、まるで軍馬が駆けるように演奏されます。とにかくテクニック的に明確に弾ければ高い点数が得られますが、作品の悲劇性や風刺などの要素は無視されています。

 私は基礎的なテクニックの練習をしたことがありません。何かの作品を練習しているとき、そのモティーフを自由に変奏して、技術的な練習をしていました。テクニックというのは変奏の芸術だと思うのです。変奏は、自分の手をどのように調整したらよいか、このフレーズの音符をどのようにしたらうまく弾けるかなどということを考えさせ、耳を鍛えてくれます。真の音楽家にとってもっとも大切なのは耳を使うことで、指だけでは何もできません。いつも耳を澄ませていなければならないのです。

 芸術家になるには、音楽以外のさまざまな才能が要求されます。ある意味で闘争的な気質も必要で、それは演奏にとって必要なだけでなく、笑顔で称賛する人たちが陰で私の演奏についてあれこれ言う人たちに立ち向かうためにも必要です。多くの場合、それは妬みから来るものです。能力があるからこそ受けて立たなくてはならない試練ですが、恐ろしいと思います。私は芸術的にすでに成熟していますが、多くの人々は25歳の人間がそんなに成熟しているはずはないと思うわけです。それが事実だというのに。悪口を言う人たちのことは意に介していません。私はただ自分自身の生活のリズムを守りたいと思っています。

 ワルシャワのコンクールは、災い転じて福と成すという結果になりました。もし私があのコンクールで第1位になっていたとしても、今ほど世界の注目を集めていたかどうかはわかりません。もちろん、コンクールで私の演奏が認められて賞を得ていれば、経済的な収入という意味ではよかったかもしれません。しかし、私は評論家のみなさんの賞賛を得ることができました。これは、評論家と審査員の意見がまったく異なるということをはっきりと証明したわけです。私は評論家のみなさんからショパンの音楽の解釈と演奏を認めていただき、賞をいただいたと思っています。

 ひとつ大切なことを若い人たちに伝えたいと思います。信念を持ち、自分自身に忠実であれば、あなたを遮るものは何もありません。——どんな体制、どんな政治、どんな民族、どんな国家であっても、世界中であなたを遮るものはないのです! あなたが真にそれを求めれば、絶対に手に入れることができます。

 偉大な解釈というものは、少し聴いただけで聴衆を説得する力を持っています。それができれば、あなたは音楽の世界でクリエイターになれるでしょう。リズム、時間の使い方、緩急、和音の処理、フレージングやペダリング、そして楽曲の美学と内容の理解、等々、すべてを把握した上で新たな創造をすることができれば……。音楽の旋律とその中に息づく要素を掴むことも必要です。言い換えれば、あなたは作品の創造者、クリエイターになって、あらゆるものを完璧な形式の中で融合させなければならないのです。

 私と妻との出会いは、まるでハリウッド映画のワンシーンのようでした。骨董や絵画で埋め尽くされた素敵な屋敷でのパーティーで、私は部屋の片隅に置かれたスタインウェイのピアノを見つけました。誰も弾いたことがないのではないかと思い、椅子に座って少し弾いてみたのです。そうすると、私の演奏を評する簡潔な言葉が聴こえてきました。その言葉の裏に巨大な知識が隠されていることに、私はすぐに気づきました。私はその場で彼女に何回かレッスンをしてほしいと頼みました。彼女は「もちろんいいわよ」と答えてくれました。私はベートーヴェンのソナタを1曲携えて最初のレッスンに臨みました。最初の数小節に3時間半も使ったことを今でも覚えています。そのレッスンで、彼女は私の前に音楽の宝庫の扉を開いてくれました。それは私のその後を左右するきわめて重要な時間でした。そのとき私は、モスクワ音楽院の先生たちから学ぶことのできないものがここにあると感じたのです。

 ステージで演奏するときにもっとも大切なことは、ただひとつだと思っています。それは、できる限りリラックスすること。作品をしっかり把握した上で、どのような情況でも落ち着いて対処しなくてはなりません。酷いホール、酷い聴衆、たとえ自分が作品に対して消化不良気味であったとしても、自身をコントロールする能力を失ってはいけません。ステージは自分を奮い立たせる場ではなく、芸術を創造する場なのです。ピアニストはステージで帝王であるべきで、すべてを征服しなくてはなりません。

 ステージではしばしば思いがけないことが起こります。あるとき、シューマンの《トッカータ》を弾いていたら、蝿が飛んできて私の手にとまりました。ちょうどあのもっとも難しいフレーズを弾こうとしていたとき、蝿は平気で私の手の上を這い始めたんですよ! そして、突然飛び立ちました。私はホッとしましたが、またもう一方の手がオクターブを弾くときに降りてきてとまりました。この蝿はよほどシューマンが好きだったのでしょう。

 ピアニストになれるかどうかというのは、とてもデリケートな問題です。自分自身を振り返って、ピアノを弾き始めたばかりの頃のすべてが現在につながっていると感じますが、今の私からは遥か遠い昔の日々です。私は自分が将来何になるかわかりませんでしたし、生活の中で学んだことのすべてが将来役に立つとは思ってもいませんでした。物事の表面だけを見るのではなく常に考え、真理を探求し、音楽の迷宮に分け入り、奥義をきわめなければいけません。いつから真に音楽を愛し始めたのか、誰もがよくわからないでしょう。子どもの頃は、それに気づくことができないものです。恋愛と同じで、気づいたときに、あぁ、すでに準備ができたていたのだと知るわけです。

 バッハの音楽はもっとも深遠で、現代のピアノで演奏するのはきわめて難しいと思います。真の芸術家でなければ、バッハは演奏できません。長年、バッハの作品をすばらしく弾くことは私の夢でした。この夢は、ひとりの聖職者がいつの日か大司教の服を着ることを夢みるようなものです。バッハの音楽は偉大で、1小節ごとに自身のピアノの能力が試されているような気がします。至上の音楽、この世のあらゆる善と美を包括しています。それは、哲学的な思考と深い教養を要求し、芸術の再創造というもっとも難しい命題を突きつけます。その音楽は簡素でありながら、けっして平凡ではなく、神聖です。ポリフォニー音楽がいかに複雑であるかということと、すべての音楽の要素がそこに詰まっていることを教えてくれます。

 私たちは作曲家が書いたすばらしい音楽を受け取り、作曲家の個性と才能を表現しなければなりません。それには抽象的なイメージと客観性が必要です。最初に感じたインイピレーションから出発し、誠実に作品に向き合って完璧に両者のバランスがとれた音楽を構築しなければなりません。音楽の発展は常に形式を超越し、作品解釈や演奏スタイルも時代と共に変化しますが、それぞれの作品から偉大な思想を引き出し、生命を与え、作品の意味を深めていくのが私たちの仕事です。

 バッハの《イギリス組曲》はピアニストにきわめて特殊な問題を提起します。《パルティータ》よりさらに音符が少ないため、その解釈と演奏は難しく、少ない音符で音楽を組み立てなければなりません。ある時期、私は《イギリス組曲》の中の1曲をコンサートで演奏していましたが、酷い演奏だったと思います。妻の助力で、音色の色彩のパレットを使って画家のように音楽を描き出すことはできましたが、さまざまな音色や響きを完全にコントロールすることはできませんでした。

 以前師事したある先生が私に語った言葉を永遠に忘れることができません。ピアニストは一生をかけて自分自身のあらゆる面を成長させなければならない、いくつかのレパートリーだけを抱え、それを弾いて50年過ごしてはいけないと彼は言いました。しかし、私はそれもピアニストとしてのひとつの生き方ではないかと思います。その中で解釈や演奏を熟成させていけばいいのです。今私たちがよくわかっていると思う音楽を、20年後にまったく違う角度からアプローチすることもできるのですから……。彼はさらにこう語りました。成長したいと願っているピアニストが目指すべき健全な方向は、それぞれの作品を技巧的に完璧に弾くこと、作品の旋律以外の内声をいつも意識することだと。このふたつは、ピアニストにとってもっとも大切なことだと思います。ひとつは指をいつも鍛えて技巧を磨くこと、もうひとつは頭脳を明晰に保って常に考えること。ピアニストはたゆまず努力し、考え続けなければなりません。

                    『鋼琴芸術』(人民音楽出版社)2014年11月号より
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